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猿とタイプライター

世界でいちばん役に立つ「小説の書き方」解説

4. あなたが読みたいものはあなたが書くしかない

 長い前振りも終わったので、いよいよ物語の作り方の説明を始めよう。

 ところであなたは、どんな物語を書くのか決めているだろうか? その題材は絶対に面白いと確信できるだろうか?

 

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 なにを書くべきかについては、多くの先人たちが多くの言葉を残している。売れそうなものを書け、時代が求めているものを書け、読むたびに啓発されるようなものを書け、身を削るようなものを書け……

 最多数の回答は、「書きたいものを書け」だろう。

 でもこれは嘘だ。正しくは、「どうせ書きたいものしか書けません」である。

 小説を書くというのは長くて孤独な作業だ。書きたくもないものを最後まで書ききるのは不可能である。どれだけ嫌々書いた題材であっても、どうせ書きたいものに変わっている。だから「これはほんとうに自分の書きたいものだろうか?」「売れるためには自分の書きたいものよりも優先するべきものがあるのではないだろうか?」なんて思い悩む必要はまったくない。

 

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 次に多い回答は、「読みたいものを書け」だ。

 これは一見ものすごく正しそうに思える。スティーヴン・キングも言っているのだと知るとますます正解に思えてくる。実際に僕もこう考えていた時期があった。

 しかしよくよく考えてみるとやはり嘘だ。正しくは、「どうせ読みたいものしか書けません」である。

 小説執筆は「選択の連続」であると最初の記事で書いた。どんな物語を書くか、は一歩目の大きな選択であり、書いている最中にもたびたび迫られる選択でもある。その選択基準に「他人様が金を払ってでも読みたいと思うか」が用いられることも前回の記事で書いた。

 しかし他人の心の中は覗けない。かといって一字一句綴るたびに「これがほんとうに読みたいか」と他人に確認するのは現実的に考えて不可能だ。だから、想像で判断するしかない。あなたの想像する他人が読みたいかどうか……それはけっきょく、あなたが読みたいかどうか、になってしまう。人間の想像力の限界だ。できあがったものはどうせ「あなたが読みたいもの」になっている。

 

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 だから「なにを書くべきか」についての回答はごく個人的な経験からになる。僕のこれまで書いてきた作品はすべて、他人の作品を読んで、「自分ならここをもっとこうするなあ」と感じたことが着想となっている。『火目の巫女』はまさに知り合いの書いた小説を設定と登場人物の配置だけもらって最初から書き直したものだし、『神様のメモ帳』は石田衣良京極夏彦とオーソン・スコット・カードを読んで、気に入った要素を融合させて探偵役を僕好みの小さな美少女に変えたものだ。『放課後アポカリプス』を書いたのはGANTZを読んで主人公が高校生活で美少女たちといちゃいちゃ楽しく青春を送る部分ももっとたくさん読みたいと思ったからだ。こうしてはっきりとルーツを自覚できるものもあれば、たくさんの作品に触れて感じてきた「自分ならこうする」という不満が少しずつ積み重なって生まれたものもある。

 なにを書くべきか迷っているあなたには、この言葉を贈ろう。

 あなたがほんとうに読みたい小説は、あなたが書くしかない。